レーゼのブログ

埼玉大学文芸部レーゼのブログです。

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こんばんは、笠山たいらです。
合評で散々感想以外の事を話してしまったので、一応メモ書きしていた感想を書かせていただきます。
感想、ですしメモ書き、ですので小学生並みの感想がちょろっと書いてあるぐらいですがご了承ください。
敬称略します。

●テーマ:もぐら
「もぐらはたたかれない」島波海道
なぞなぞみたいなお話だなあと。
誰が話しているのか、何人(匹?)いるのかも分からなくてごっちゃになってるのがいいですね。
小説とは言葉で表すもの、またそれは嘘の言葉。それでは事実を書いた小説は嘘?
このもぐらたちは小説の中の存在だから言葉、つまり嘘を続けていかなければならないという不毛さを抱えているのかな、と考えがめぐる一作だと思いました。
自分は物語的なものしか書けないのでこういうものが書けるのは羨ましいです。

「欲求」深井雲行
自分の語彙力の無さを痛感させられました…。
もぐらの話なんですけど自分には孤独な人、また人間を超越したものの寂しさにも感じられました。(あ、なんか厨二っぽい)
この詩を読んだときかくれんぼの事を思い出しました。
自分から隠れたはずなのにうまくいきすぎたのか誰も見つけてくれなくて寂しくて、鬼が近づいてくるとほっとしたものです。
このもぐらも自分を見つけてくれる誰かを待ち続けているのかな、と思いました。

「いつか彼女に」糸田憶
名前の読みはいとだ…おぼえですか?
遣る瀬無い話ですね。無知は罪ということなんでしょうか…。
自分はふと小中の友人を思い出すことはあるんですけど、彼女のようにもやもやと心の中に留まり続けるしこりは無かったなあと思います。
彼女がそうやって心の中に菊乃を留めておくことが菊乃に対する贖罪になるのでしょうか。いや、そもそも菊乃は恨んでいたのか。
ぜひ菊乃の思いや足跡を知りたいです。

●テーマ:アルバイト
「アルバイトファイター」利刀
利刀っていう名前一発変換で出るんですね…!(無知)
そもそもこのアルバイトっていうテーマ出す人いるのかなあ、どうなるのかなあと思っていたのですが、やはりアルバイトといったら社畜ですよね。
何故だかこの話を読んでるとノイタミナ系のアニメ作品を思い出します。
どこかアナーキーというか、狂気を感じるというか。
「ケモノヅメ」とか「妄想代理人」とか「モノノ怪」とか製作:マッドハウスみたいな…。
最後のバイト先の看板の表現からも、目がチカチカしそうでどこか危なげな雰囲気があります。

「アルバイト(と大学)のラップ」伊吹ようめい
ファッ!?
まさかラップまであるとは思わなんだ。
音楽データ配布しましょう!
個人的に「たくわえるユレイドル」と「クマモン」のところで笑わざるを得ないのですがもうこれはなんとしましょう。

●テーマ:ペット
「キンギョ」碧い空
文字可愛いですね。フリー素材ですか?
金魚の寿命ってどのくらいだろう、とか飼いもしないのに気になってきました。
ペットという割合可愛らしいテーマにはそぐわない程に、なんというか、苦しい話でした。
でも動物を飼うってこういうことなんですよね。
自分も昔買ってた虫を不注意で死なせてしまった以来、その虫がダメになってしまいました。
八匹の死体→八つの目玉 というのは片側からしか見えなかった少年の視点ということなのでしょうか。

「猫のあちら 私のこちら」長山かなた
頭の中で創造された小説というか、回想録のようですね。
漢字にするものとしないものとでは何か違い・区別があるのでしょうか。
川と河の使い分けについても気になります。
水の流れる物質的なものを「河」、精神世界の中の霊的な、現実離れしたものを「川」としたのかなと推察しています。
幼いころの回想録という意味では更級日記を思い出しました。

「ペットの実」伊吹ようめい
これがスリルか。って面白すぎでしょう!
最近のちょっとよく分からないCMのような、単発でドカンと笑わせる面白さがあるなと思います。
何でここで終わってしまうんだ、とも いや、ここで終わるから最後の一文が生きるんだ、とも思います。難しい!

●テーマフリー
「ことの葉あつめてダイアグラム短歌」間宮優
これは体験談なのでしょうか?
駅ごとに違うドラマがあって、行ったこともない駅なのになんだか懐かしささえ感じます。
例えがおかしいかもしれませんが、NHKのEテレとかにこういう短歌の番組がありそうだな、と思いました。

「この長い夜にて」碧い空
なぜ生きるのか、って不思議な響きですよね。
普段は原因が先にあって結果が生まれるのに、こればっかりは自分の「生」が先に立って、理由はどうしたって後づけになってしまう。
こう考えると原因と理由っていうのは全くの別物なんですよね。
こうして理由を考えていることが生きているという過程そのものなのでしょうか。

●エッセー
「フィクションについて」島波海道
考えることすらフィクションだったら、それを元にして行動している自分ってフィクションの産物ってことですよね。
でもそれはノンフィクションである自分の肉体でもあって…。
卵が先か鶏が先かみたいになってしまいますね。
フィクションとノンフィクションの境界線を探すってすごく難しいです。
もぐらで書いていた「もぐらはたたかれない」と通じた内容だと思いました。

「わたしと小説と」響子
ゆ、優雅だ…!
言葉次第で小説を書くことって魔法のように聞こえるんですね。
こんなに美しく物を書いてみたいです。
独特な柔らかい感じが好きです。

「名前について」間宮優
名前ってそれひとつで一般名詞とは全く違う不思議な力があると思います。
キラキラネームが未来のスタンダードになるやも、というのは激しく同意します。
昔のお姫様の名前とかほんとすごくて五郎八(いろは)とか阿久(あく)とかあるくらいですし、今と別の世代では常識が同じだとは限らないんですよね。
そう考えていると「変」っていう言葉の不可解さをすごく意識してしまって、「変」って簡単に言えなくなります。
誰かを「変」だと言うことは自分が誰かにとって「変」だと認めてしまいますし、そもそも同じ人ばかりの世界こそ「変」なのに自分と違うことを「変」だと言う…。
常識を疑うことは考えるという作業において第一に置くべきことなんだなあとつくづく思います。
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